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数の子の歴史について

テーマ:数の子の歴史

日本でもっとも古い史実として数の子が登場するのは今から450年以上前。
室町幕府13代将軍足利義輝に数の子が献上された記録が残っています。
室町幕府の終りころから裏日本の海上交通が発達して数の子は敦賀から京都に入り、宮中や幕府の料理人の知るところとなったとか。
数の子は粒の多さが子孫繁栄を連想させることから「縁起物」として用いられるようになりました。

そして、享保の改革で倹約を進めた、江戸幕府8代将軍徳川吉宗(暴れん坊将軍!)が「正月だけは、富める者も貧しい者も同じものを食べて祝って欲しい」と数の子をおせち料理に入れることを推奨し広く食べられることとなりました。

ちなみにこの当時の数の子は干数の子が一般的で、塩蔵数の子が製造され始めたのは1900年代(明治30年代以降)と言われています。

「お正月」は日本で最古の年中行事といわれており、「おせち料理」は日々の加護への感謝と祈りをこめ、暮れにいらっしゃる歳神様にお供えし、翌日の元旦に神様が召し上がったものと同じものを皆で食べることで神様の加護の願いをこめたものです。
この風習は現在も日本の食文化として根付いているものだと思います。

しかし、食習慣のみならず生活習慣の変化、多様化から状況は刻々と変化し続けています。
おせちは作るものから買うものへ。和風より洋風へ。みんなで食べるより一人用へ・・・。
このままでは数の子を食べる機会はどんどん減っていってしまうのではないか?
井原水産のモットーでもある「日本の食文化を守る」という精神は芯に持ちつつも、現代の食シーンにも合う商品開発にむけて日々奮闘中です!(←この奮闘については後日お話しさせていただければと思います)

 

ところで、「干数の子」はとても製法が難しく時間と手間がかかるので、現在は製造している会社は少ないのです。
井原水産では日本の伝統の食文化を守るために、昔ながらの天日干しで製造をしています。

干数の子の製造には、晴天が続くなどの天候に恵まれなければならず、適しているのは、初夏の数週間という限られた期間のみ。
北海道・留萌の短い初夏、晴天の続く日を選び、「干数の子」が作られます。
使用するのは数多くの原料から選りすぐられた色・つや・大きさ・形・すべて極上の数の子のみ。
これを一斉に天日干しします。

初夏の日差しの下、約2時間おきに手作業で丁寧に裏返しながら均一に乾燥させること5日間。
数の子は、浜風と太陽をいっぱいに浴び、見事なべっ甲色となります。

乾燥中の温度や湿度などの管理にも繊細さが求められ、
まさに自然と伝統への強いこだわりが生み出した美味しさと言えます。

 

作るのも大変手間と時間がかかる干数の子ですが、食べるのもこれまた大変です。干数の子を戻すのには4~5日かかります。
水で戻した数の子は、3~4倍の大きさになります。(詳しくはこちらのおいしい食べ方参照)
これだけ時間と手間をかけた干数の子は普通の数の子では味わえない食感と深い旨味があります。

興味を持っていただけましたら、ぜひ丁寧に戻して食べるという体験をしてみませんか?

 

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年に一度の製造ゆえ、生産量が限られておりますので購入される方はお早めにご注文下さい。
既にサイズによっては売切れになってしまっております。

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